仕事 日常

苦労したほうがいいという信仰から抜け出そう。

日本には素晴らしい文化も多いがそうでない謎の文化、信仰がある。

日本人は修行や下積み、球拾いなど苦しいことを我慢して行う美学が相変わらず好きだ。

 

それが苦労した分だけどこかで報われるというやつだ。

例えば若いうちはやりたくない仕事でも我慢して苦労したほうがいいとか子供がいる家庭は必ず持つべきなど、世の中には謎のルールが存在する。

 

日本人には苦労した分だけどこかで報われるだろうという淡い期待があると考えている人が多い気がする。

でもそれって何の根拠もない。

 

人間ってある程度年を取って今の自分に満足しているとこれまでやった努力や苦労のおかげで自分はうまくいったのだという考えが出てくる。

つまりただ運が良かっただけなのに本人の努力や苦労が報われたと思っちゃうのだと思う。

もちろん、本当に凄まじい努力が実を結んだケースもあるとは思うんだけどじゃあ自分も同じくらいの努力をすれば同じくらいの結果がだせるのかというと、そんなことはない。

それとは逆に、苦労しても何も報われずそれが原因で卑屈になってしまう場合だってある。

頑張ったって努力の仕方が間違ってたりしたらそりゃ結果はでないし、モチベーションも下がってしまう。

一番最悪なのは自分たちが苦労してきたことは同じように経験するべきだと思って、他人にまで自分のした苦労を押し付けてしまうことなんだ。

それによってしなくてもいい、ただしんどいだけの努力をすることになってしまい多くの時間と労力が消えてしまうし、何より時間の無駄。

俺はそんな世の中は嫌だし、自分はそんなことを他人に平気で押し付けるような人生を送りたくない。

なので人間関係だったり、世論だったり、他人の評価だったりを気にするのはやめよう。

てか俺もやめる。やめたい。

頑張って自分でコントロールできること(勉強とか仕事のスキルとか)なら頑張って努力する価値は十分にあるんだけど、頑張っても報われるかどうかわからない、自分のコントロールできないことは頑張らないことを強くオススメする。

自分の悩みを紙に書いてコントロールできることとできないことを分けてリストアップしてほしい。

そしてコントロールできる悩みだけを頑張るんだ。コントロールできないのはガン無視でOK。

全部が全部努力すれば報われるなんて思っていると、うまくいかなかったときにしんどくなるだけ。

なのでうまくいかなかったとしても、まあ世の中そんなもんだよなと軽く受け流すようにしてしまおう。

 

 

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